2017年07月29日

今年の春のお出かけ

 
ゆめとのお出かけ写真が残っているので何回かに分けて載せておきます。



3月19日(何ヶ月前やねん!)



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瀬戸大橋記念公園へドライブ。



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海と橋が見える場所で休憩中。

おはるさんに離乳食弁当をあげている間、おこぼれを期待して
ずーっと待ってるゆめさん。





4月9日

近所の公園へお花見に。



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甥っ子たちを探せ!




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こんなに綺麗なのにいつも誰もいないので、ゆめ連れて行くにはぴったり。
花見の時期は毎年来てたなあ。



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穏やかな表情のゆめ。



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「かあちゃんのほう向いてニッコリして」とゆめに無茶ぶりする父。




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イケメン甥っ子のお顔をお見せできなくて残念。



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この頃、ゆめは昔と同じように普通に元気でした。



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昨年病気が発覚した時に余命を宣告されたけれど、
それから何ヶ月もまったく以前と変わらないゆめを見続けていたので
余命が残りわずかだなんて全然信じられずにいました。



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これが最後のお花見になるかもしれないと思いながらも、
来年のお花見を一緒にしている自分たちを想像したりもしていました。



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結局今年の花見が最後になってしまったけれど、
春が来る度にゆめとこうしてお出かけして桜を見た思い出は
幸せな記憶としてずっと残ると思います。

ありがとう、ゆめ。
桜になんて、全然興味なかったよね…(笑



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posted by フジウラ at 19:03| Comment(7) | ゆめきちあれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月24日

ゆめ、ゆめ


ゆめが私たちの元から旅立ち、2週間が経ちました。


時間の感覚がおかしくなったのか、
ゆめがいなくなってもうずいぶん経つような気がしたり。

ほんの2週間前までゆめが生きてそばにいたというのが
なんだか信じられないような気もするのです。



泣いてばかりでした。
人生にこんな悲しいことはもうないだろうと思うくらいでした。

朝目覚めては泣き、台所に立っては泣き、リビングを見ては泣き、
寝室のゆめスペース(ゆめベッドを祭壇代わりにしています)を見ては泣き。
外に出ても、車の後部座席の足元に散っているゆめの毛を見て泣き
(最後の3日間、後部座席の下に乗せて点滴へ連れて行っていた)、
スーパーでゆめの好物を目にしては泣き。

何か他のことをしていたり、他人と話をしていたりすると
一時ゆめのことを忘れているのですが、それが終わった次の瞬間には
もうゆめのことを思い出して涙が勝手にあふれてくる。

そんな日が続きました。

うまく表現できないのですが、こんなに1日中悲しんでいて
精神は耐えきれるのだろうか?おかしくなっちゃわないだろうか?と
自分で自分が心配でした。

頭が勝手にゆめのことを考え続けて常時悲しみでいっぱい、
という日が続いて、どうしようもなくやるせなく、疲労しました。
こんなのが続いたら持たない、と思いました。

でも同時に、こんな状況はいつか終わると分かっていたし、
そしてそんな日が早く来てほしい、という思いと
そんな日は来ないでほしい、ずっとずっとゆめのこと考え続けていたい、
という思いでとても複雑でした。




ゆめがいなくなって2週間が経った今、私はほとんど泣かなくなりました。
悲しみや寂しさが減ったわけではありません。
ただ、ゆめがいないことに心が少しずつ慣れてきている。
寂しさにフタして、普通の顔して生活することができるようになってきた。

ゆめがいない家で笑っている。ゆめがいない散歩道で笑っている。
そのことにハッと気付いて悲しみが押し寄せます。
ゆめごめん、ゆめがいないのに私もう笑ったりしてる。
ゆめがいなくてこんなに寂しいのに、会いたくて会いたくてたまらないのに、
ゆめのことを忘れて笑っている瞬間がある。
ごめんねゆめ、でもそうしないと、生きていけないわ。
ゆめがいなくなったら生きていけないって思ってたけど、
こうしてその時を迎えても当たり前だけど生きていかないわけにはいかないから、
明日もきっとどうにか笑ってやっていくよ。



今日の夕方、父とえもんとおはるさんと、みんなで散歩に出て、
大判焼きを買いました。

散歩に行こう、大判焼き買おう、と父から提案してくれました。

ゆめの葬儀を終えた次の日、ゆめはいないけどみんなでまた毎日散歩しよう、と
私が提案した時「それは、、、せつのうなるけん(イヤや)」と
言った父が、今日初めて散歩に行こうと自ら言い出した。

とても嬉しかったです。

ゆめと数えきれない回数一緒に歩いた道を、ゆめなしで歩きました。
ゆめにお供えする用と自分たちで食べる用を買い、店の前のベンチで
アツアツを食べました。
ヨダレをまき散らしながらおねだりしてくるゆめはもういないけど、
それでも美味しかった。
行きとは別の、これまたゆめと何千回と歩いた道を辿って帰り、
途中の水路で魚やザリガニやカエルを捕まえて遊びました。


帰宅後、ゆめの食事ボウルに大判焼きをお供えしながら父が
「美味しいよ」といった口調がいつもゆめに向けられていた
優しい口調そのままで、でもその言葉のむこうに生きているゆめが
いない、ということが急にものすごく悲しくて、今日初めて涙が出ました。


ゆめ、今日のディナーは大判やで。
一個まるまるやで。ありえへんやろ。
一気食いしてええで。


いつまでもウジウジ悲しんどる未練がましい飼い主たちで、あきれ返っとる?
情けないのう、と思っとる?
それもこれも、ゆめが可愛すぎたせいやで。どうしてくれるんよ。
あんたの存在、大きすぎ。マジで。

でも大丈夫やで、どうにかやっていくわ。

ゆめのおらん道を、また歩くわ。
ゆめも、暇やったら一緒について歩いてな。
でもって、できれば時々、気配感じさせてな。



ゆめとのお出かけの写真が残っているので、それをここに載せるのを
自分の夏休みの宿題にします!(笑)


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posted by フジウラ at 23:26| Comment(11) | ゆめきちあれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月10日

ありがとう

 

7月10日

昨年病気が発覚し、投薬治療を続けていたゆめですが
6月の下旬、梅雨入りと同時に急に調子を落としてしまい
それでも私たちの思いに応えるように頑張ってくれていたのですが、
今日7月10日朝10時頃、我が家のリビングで最愛の父に見守られながら
静かに息を引き取りました。

私は息子を幼稚園に連れて行ったあと少し用事があり帰宅が遅くなり
ほんの5分、ゆめの最後に間に合いませんでした。

ゆめと過ごした日々、病気が発覚してからの色々なことにも
ゆめのおかげで後悔を残さず終えることができましたが
ゆめを看取れなかったことだけはずっと後悔すると思います。


ゆめは今、お花や美味しいものに囲まれて静かに眠っています。
本当に可愛い顔をしています。
もう子供たちも眠ったし、今夜はリビングでゆめとたくさん話をします。
何度も何度も、撫でても撫でても、足りません。


明日夕方、お空に送ります。


ブログを通じてゆめを可愛がって下さった皆様、
今まで本当にありがとうございました。



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posted by フジウラ at 23:07| Comment(22) | ゆめきちあれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする